まだ電車が通っていなかった大正時代までの相模っ原は、まったくの荒れ野原でした。
矢口の出外れの小さな祠の前を通り過ぎると、新開の一軒家があるだけで、鹿沼を越え
て大坂を降るまで、人家というものは一軒もありませんでした。
宴会の帰りに、みやげの笹折を下げて、この原にさしかかった人が、二時間近く歩いて
いるのに、坂下の家の明かりが見えてこない。
さては狐にやられたかと気が付いてみると、とっくに通り抜けたはずの、最初の矢口の祠
の前に立っていたというのです。
笹折の中身はもちろんカラです。 |
|
文・絵:いちむら あきら
|
幼い男の子を背負った父親が、何かの用事があって原っぱを歩いていました。
日もとっぷりと暮れて、少し雨も降っています。
ちょっと草のない一画に出ました。
茶碗のかけらやら、布団のこげた端っこやら、何かの骨が散らばっていました。
そこは疫病で死んだ人を焼く場所だったのです。
その時です。
はるか向うの行く手に、むくむくと白い大きな煙が立ち上るのが見えました。
狐の仕業でした。
狐はこうして人間を惑わせて遊んでいるのです。
この昔話の編者の座間美都治さんの体験でした。 |
|